侍クラブのご案内
侍クラブって、どんな会?
侍クラブって、何をしているんですか?
という質問をよく受けます。
基本的には、立ち回りの稽古をするわけですが、 主旨としては、身体で考えることを学んで行きます。
武道のように戦うためではなく、
殺陣のように見せるわけでもなく、
精神修行や礼法でもありません。
もちろん、その要素は入ってます
最近は意志の力がとても
クローズアップされています。
勝ちたい気持ちが勝った方が、
勝つとか、
願えば、夢は叶う
とかいった具合です。
それは、良いのですが、
中には、このこと自体がストレスになり
精神的に疲れてしまったり
身体を壊したりする人もいます。
こんな時は、身体で考えて動けば良いのです。暗黙知って言葉をご存知でしょうか?
身体は、僕たちが考えている以上に色々なことを知っています。
ですから、いままで意志の力で、おこなっていたことを身体に任せてしまえば良い事が、
実は沢山あるようなのです。もともと剣術の奥義といえば無になることを勧めています。
ただ、この無になることを個性を失うことと誤解されていることが多々あると思います。
無になることは、精神的なことではなく、身体を動かす時の技術的なことなのです。
私たちは、このことを立ち回りを通して、その動きの中で学んで行こうとおもっています
立ち回りは現実生活の中では、なんの役にも立ちませんが、
その一つ一つの動きや考え方はとても、応用の効く重要な内容だと思っています。
ですから、一緒に身体で考えて動いてみようという、
企画がこの侍クラブの大まかなところです。
意志の力は、未来を切り開くために使い
身体の力は、現実に対処するために使う。
自分を変えてみたい方へ
よくある啓発ものの本を読みますと、結局の所、精神論ですから、読み終わった時は、
よし、やるぞーと思っても案外長続きしなかったりする経験は誰にであると思います。
なぜなら、実際に動くのは、精神ではなくて身体だからですね。
要は、身体が変わらないと自分を変えるのは、無理があるようです。
長年、自分の意志のコントロール下に置かれていた身体は、突然変わってやる!
と息込んでみても、いままでの身体をいったんリセットする必要があるようです。
意志の力によって動いてきた癖が残ってしまっています。
生まれ変わってがんがん頑張るぞって思った人はとくに身体も変えないとね。
日本の所作というのは、そのほとんどが、意志を排除しています。
つまり、型です。
これを習うことは、常に身体をリセットした状態に置くことになります。
ですから、いざ意志が発動した時に、身体は自然従う用意を持っています。
このことが、大事なことだと思います。つねにフラットでいられること
これを自由がないといって否定していたら、実は頑固な意志と頑固な身体を
作ってしまうことにもなりかねません。
いままで、自分を変えることができなくて悔しい思いをしたとか、
いま、行き詰まってどうして良いか分からないとか感じていたのなら
日本の所作が、自分を変えるチャンスを与えてくるかもしれません。
勘を働かせるために
現代は、情報が溢れています。
しかし、情報というのはいざという時、なかなか判断の材料になりません。
実際、地震がおきて、逃げるべきかとどまるべきとか、そういったときに
情報を収集していたのでは、間に合いませんし、
情報を得てもただただ迷うだけだと思います。
こんなときは、勘が大事になります。
しかし、この勘が信用できない人は、自分を信じてない人ですね。
ですから、普段から自分の勘が信頼できるものであるように
所作によって、意志を排除し、身体をフラットにしておくことです。
自分の雑念が及ばないところに勘を置いておかないと残念な結果になります。
よく時代劇で、できるお侍さんが、気配だけで人を斬ったりします。
つまり、勘がするどいのです。
こういったシーンを受け入れられる素養が実は日本人にはあります。
これは、西洋では通用しません、なぜ分かったかが分からないです。
これは大変重要で、しかもとても面白いところなのですが、
西洋では、第六感を働かせるために、五感を研ぎ澄ませます。
そして、何かが舞い降りてくるような感覚が第六感なのでしょう。
一方、日本のそれは、どうやら真逆で五感を捨ててしまうようです。
見ないし聞かないし、ただただ無の中に第六感だけが存在するようです。
ですから、見えない相手を倒すことに私達は違和感を感じないのでしょう。
こんな感覚を味わえたらと、侍クラブでは、究極の目標としています。