新しい仕事は現場から-アマチュアリズムで仕事を生み出そう

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■問題解決の、その先は?

 

ある IT 企業の中堅社員向け研修講師を務めました。100 人近い技術職の皆さんとの 3 日間に及 ぶ大変内容の濃い研修でしたが、その中で「あなたの職場の課題」についてプレゼンテーション をお願いしたところ、見事に全員が「非効率業務の改善による稼働削減」をテーマにしていまし た。私は全員の発表後に「では、効率化された結果、どうなるのですか?」という問いを投げか けました。すると暫くの沈黙の後「私達の仕事が無くなります」という答えが次々に挙がって来 ました。

 

ソリューションという言葉に代表される業務改善、問題解決への取り組みは、その対象が無くなると、仕事自体無くなってしまう宿命を背負っています。未着手の改善対象が無尽蔵にあればソリューションビジネスの将来は安泰でしょうけれど、前述の研修参加者が吐露したように「私達 の仕事が無くなる」可能性もあります。

そもそも改善や効率化には、製造工程であれば浮いた時間で品質を上げる、業務工程であれば浮いた時間で新しいことをやる、といった目的があったはずです。しかし、浮いた時間を、「とりあえず」コストカットとして利益計上する、という安直な振る舞いが私達の心や行動基準に染み 付いてしまい、そこで思考停止に陥っているように思えます。

 

お客様に対しても問題解決によるコスト削減=利益増加をセールスポイントにして、社内に対し ても業務改善によるコスト削減=利益増加を経営方針にしてしまい、「とりあえず」の先の未来 を描けずに困惑している企業が多く見られます。無駄がなくなればこのモデルは破綻するわけで すから、薄々気付いていながら気付かない振りをしていた人が多いのでしょう。問題解決という メッセージは強力であり、かつ分かりやすく、否定するのは困難です。いつの間にか「暗黙の掟」として私達の行動を束縛する様になっています。

 

以前、ノーベル賞受賞者の講演で野依良治さんが「科学は問い+答えです。だから答え探しが苦 手であっても大丈夫」と仰っていました。これはある大学院生の「勉強が苦手だが科学者になれ るか?」という質問への答えですが、 続けて「自分で問うて、その答えを探してください」と仰 っていました。これは「答え探しに偏重すると、問いを見つける、問いを作る力が奪われる」と いうメッセージにも聴こえてきます。科学者に限らず、IT 業もソリューションベンダー(問題解決販売業)に加えて、アジェンダシェイピングパートナー(課題設定の伴侶)の役割が求められ ています。

 

 

■プロフェッショナルを支えるアマチュアリズム

 

作家の大江健三郎さんは、アマチュアリズムの重要性を説いています。アマとプロと言えば、アマは中途半端だとか趣味の域を出ないといったマイナスのイメージが付き纏いますが、言葉の原義は「愛好心」であり、対価が払われようがいまいがやってしまうということで、単にプロフェ ッショナリズム(職業的専門性)の逆の意味を表すわけではありません。オリンピックはアマチュアスポーツの祭典ですが、中途半端なことでは出られません。

 

アマチュアリズムに裏打ちされた仕事は自発的に行われ、誰かの指示命令を待つこと無くどんど ん進みます。子供が楽しくて遊んでいる時「止めなさい」と言われるまで、言われてもなお遊び 続けることに似ています。恐らく古代の人間も、生きていることと同じくらい自然に、勝手に仕 事をしてしまい、それが誰かの役に立ち、明日も仕事を続けられるように衣食住が提供される、 そんなふうにして職業(プロフェッショナル)が誕生したのではないかと想像します。

こうしてみると、プロフェッショナリズムとは、アマチュアリズムを支える「継続学習の仕組 み」であり、アマチュアリズムが発揮されることで人はプロフェッショナル足り得る、と言えま す。「明日も愛好していることを学習できるようにするための生活保障システム」が職業である と見立てれば、企業活動とは「社員組織の学習継続行為」そのものだとも言えるのです。そして、 結果的に利益(あるいは損失)が出る、そういう有機的な活動体に企業は見えてきます。

 

 

■企業変革活動の実態

 

組織の学習活動は、環境や状況が変わることに伴って、過去の学習結果を手放すこと(脱学習) が必要になります。これによって新たに学ぶ素地が出来上がるわけですが、この学習と脱学習の サイクルこそが企業変革活動です。御社ではジョン・P・コッターの提唱する企業変革 8 ステッ プを基にした組織風土改革を進めていると伺いましたが、ミクロレベルでの変革活動は、あらゆる職場でこの学習と脱学習によって引き起こされています。

 

コッターは 1990 年にハーバードビジネスレビューに『リーダーシップとマネジメントの違い』という論文を発表しています。この中で マネジメントの役割を「複雑さへの対応」とした上で、 リーダーの役割を「変化への対応」としています。脱学習と学習を繰り返し、変化に対応する為 の変革活動をリーダーは生み出すということですが、しかしこれを読んだ当時、私にはどうも腑に落ちない分類でした。

 

 

■生物に学ぶリーダーとマネージャの役割

 

組織が無機的な容れ物ではなく、有機的な生き物であるという捉え方が漸く広まってきました。 機械システムを模した組織から生体システムを模した組織を目指す機運も高まっています。ある 時、ロボットに関する資料を漁っていると興味深いことを知りました。一つは、ベンジャミン・ リベットの「意識」に関する実験で、体を動かす時にはその意識よりも先に運動準備が始まって いる、つまり手を動かそうと「思う」より先に運動準備が始まるというものです。もう一つは、 脳の制御に関する実験で、例えばコップに手を伸ばして水を飲むという行為では、コップに手が 触れる直前まで脳は殆ど関不しない、というものです。この 2 つの知見に私は大変驚きました。 そして、十数年前に読んだコッターの論文の記憶が鮮やかに蘇ります。

 

まず、意識に先行して運動準備が始まるように、組織の末端が先行して決定し自律的に動き、各 末端の動きを組織の管理中央が追認し纏め上げる、という姿が浮かび上がります。道理で「中央 からの指示が矛盾なく計画発令され、受領された命令が各末端を動かす」ことが上手くいかなか ったわけです。そんな制御、生体モデルにはなかったんですね。脳はエピソード記憶のために意識を産み出したとも言われていますが、統合本部の意識よりも前に、組織の末端でリーダーシッ プが発揮され行動は決定されていたわけです。

 

コッターも『リーダーシップとマネジメントの違い』のなかで、「リーダーシップはあらゆる階 層で今後もっと必要になる」と指摘しています。米国企業の 20 年前からの現状を「行き過ぎた マネジメントとリーダーシップの機能不全」と表現しています。マネジメントは複雑さへの対応 で役立つものであり、環境変化に対応して組織変革を起こすことがリーダーシップの役目ですが、 彼は両者の補完関係を重視しています。 マネジメントとリーダーシップを両方実現できる人の育成が試みられましたが、しかしそれは至 難であると指摘しています。リーダーシップは学習と脱学習を繰り返し変化に対応する変革活動 であり、成果を生むような関係性を見つけ出す力が求められ、一方のマネジメントは発生する 数々の変革活動を追認し、それぞれの活動が頓挫しないように手を回し、成果が出るまで我慢する力が求められる、つまり全く逆方向の能力だからです。

 

しなやかに機能する組織には、現場では誰もが自発的に関係性を見つけ出して繋げるリーダーシ ップが発揮され、管理部門では変革を追認するシナリオを矛盾を厭わず編み出し、成果が出るの を我慢して待つマネジメントが必要なのです。

 

 

■アマチュアリズムを発揮しよう

 

「課題を自ら設定する」ことは、関係性を見つけて繋げることに他なりません。これはロボット やコンピューターが未だ獲得していない能力でもあり、論理が答えを出すことのできない領域で もあります。この関係性の発見には「見立て」を使うことだと考えます。つまり、この関係はこう見える、こういう視点で見てみればそうなるのでは?といったモノゴトの見方です。

 

組織で働く人のボヤキには「上が決めない」「方向性が示されない」が必ず入ってきます。しか し、これはうまくいかない本当の理由ではありません。決めるのも方向性を示すのも、本当は末 端の現場組織であり、そこで変化への対応を行うリーダーたちの仕事だったワケです。ここでい うリーダーは、何も役職(課長、主査、主任)を伴う必要はないのです。仕事を自律的に進める 動機(アマチュアリズム)を持った人は誰でも仕事のリーダーなのですから。

 

新しい仕事は、現場の末端組織でこそ生まれるとすれば、仕事の面白さはずっと広がります。そこにはアマチュアリズムに基づく試行錯誤が溢れ、職場は何かが生まれる前の期待と不安の入り 混じった雰囲気になるでしょう。誰もがパソコン画面を見詰めている、という今の職場風景とは随分違ったものになるはずです。

 

一方、マネジメントも、誤りのない中長期計画を実行させるという無謀な業務から解放されます。 現場が試行錯誤する関係性を幾つも扱い眺めて吟味し、それぞれの変革活動を阻害する要因を注 意深く取り除くことに専念して、より大きな複雑さへの対応を準備します。時間という慣れない要素を本格的に扱うことは大変ですが、成果が出るまでの時間に耐えた後は、現場と共有できる 大きな喜びが待っているはずです。

 

自分のアマチュアリズムは何に対して発揮されるのかが分からないという人もいるでしょう。こ れを見つけるヒントは、やる気を無くしてしまった経験を思い出して、その時何が蔑ろにされて いたかを思い出してみることです。その時、蔑ろにされた価値観、例えば「安全」「環境」「品質」が踏み躙られてやる気をなくしたとすれば、これらの価値観を大切にするように仕事を組み 立てれば、誰から強制されるでもなく勝手にやり続けてしまう仕事になるはずです。

 

 

■見立てれば新商品に

 

モノゴトの関係性を見直す、繋ぎ換える「見立て」は、子供の遊びが参考になります。三角の積み木を屋根に見立てたりケーキに見立てたり、その度に子供は建築家になったりパティシエになったり自分の役割も変幻自在です。休日にはお子さんを観察してみると良い見立ての練習になり ます。

 

実際に見立てが大型商品を生んだ事例もあります。富士フイルムの「写ルンです」は、製品としては既にできていたにもかかわらず、既存カメラ店からは低利益と従来機へのマイナス影響が懸 念され、海外からは日本製カメラへの高率関税がネックとなって商品化ができませんでした。しかし商品化会議の席上、一人のメンバーが何の気なしに口にした「フィルムにレンズが付いてれ ばいいのにね」という発言で、カメラではなく「フィルム」だとチームが見做した瞬間、全ての課題が見事に解決したのです。

 

フィルムなら高率関税は掛けられませんし、キオスクやコンビニをメインチャネルに出来ます。 カメラだという思い込みを、レンズ付きフィルムだと見立てたことで商品化を成功させたことは、 商品に記載された「Film with Lens」という文字に示されています。因みに NTT グループの電 報サービスも、ぬいぐるみやオルゴールボックス、プリザーブドフラワーとのセット販売をして いるように見えますが、あくまで「台紙」だと見做すことで、既存の枠組みを変えること無く、 電報という成熟市場で利益を出せる見立ての力が発揮されています。

 

こうした「見立て」を行う視点の転換を促すために、お茶漬海苔で有名な食品会社では、毎日の通勤経路をなるべく変えるように推奨し、ある機械メーカーでは職場の机をフリーアドレスにすることで毎日違う景色を見せる等の努力が為されています。セキュリティやコンプライアンスの 観点から組織が自閉する傾向にありますが、見立ての力を鍛えるためには効率はある程度犠牲にしてでもルーチンからの離脱が大切なのかもしれません。

 

 

■勝手に働いてしまうヒント

現業部門が問いを立て、状況変化に対応して現場で新しいモノコトヒト関係を繋ぎ、管理部門が数値に依存ぜず、矛盾を厭わず仕事のストーリーを編み出す。こうして社内でトレーニングされ た一連の動作は、お客様への「課題設定」を行う際に大いに役立つはずです。

そして、この構造を成立させているのは皆さん一人一人のアマチュアリズムであり、結果的にプ ロフェッショナルという評価を確立させるはずです。

 

最後に、このアマチュアリズムを機能させる為のヒントを、誰でも陥る状況を出発点として表してみます。

 

●上司や組織に不満を感じたら・・・ 

 ・自分の大切にしている価値観をよく見つめ直してみる。

・その価値観に沿って仕事をしているか検証して、やり方やモノゴトとの関係性を見直してみる。

・もしこの価値観とは異なる仕事をしていたり、偽って仕事をしていると、上司や組織へのうんざり感が強くなる。

・同僚や上司の価値観を探求してみる。似たような価値観を持つ人も、異なる価値観を持つ人も いることに気が付くはず。

・自分の価値観に沿った見立てで仕事を再設計してみる。同じ価値観を持って推進する人、異なる価値観で仕事を補える人と一緒にやれば、新しい仕事を楽しく生み出す変革プロジェクトチー ムのできあがり!

 

●部下に頼りにされていないと感じたら・・・

・数値や理論にのみ依存したコミュニケーションをやめる。

・部下達の価値観をよく見つめ直してみる。

・部下達の創り出した仕事は原則追認し、その仕事シナリオから新しい仕事ストーリーを考えてみる。

・シナリオ間や現在の組織の方針との間には矛盾があっても、それを同時に認めるカオス(混沌)に耐える。

・彼等の価値観を蔑ろにするような社内外からの圧力を取り除き、活動ブレーキ要因の排除に努めれば、いつの間にか勝手に働く変革プロジェクトチームが誕生!

 

さあ、あなたも仕事にアマチュアリズムを発揮して、楽しく仕事を生み出しませんか?事業計画 や上司に頼るのではなく、皆さんが生み出した仕事を上司と事業計画に追いかけてもらいましょう。自分を動かす力は、やがて人も動かします。この「人を動かす力」とマネジメントの「追認 して待つ力」の組み合わせが、組織をよみがえらせるカギだと確信しています。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 和田晃一

コラム

 

 

 


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