ひらがなの美学
ひらがなの主要母音
あ: 安 阿 悪
い: 以 伊 意 移
う: 宇 有 雲
え: 衣 江 盈 要
お: 於 隠
か: 加 可 閑 駕 賀 我 家 香 佳
き: 幾 支 起 木
く: 久 九 具 倶 供 求
け: 計 介 気 遣 希
こ: 己 故 許 期 古
さ: 左 佐 散 沙 斜 乍 差
し: 之 志 事 四 新
す: 寸 春 数 寿 受 須
せ: 世 勢 声
そ: 曽 処 楚 所 蘇
た: 太 多 堂 当 唾
ち: 知 致 地 千 遅 治
つ: 川 徒 都 津
て: 天 転 帝 亭 弖
と: 止 登 東 度 砥
な: 奈 那 難 菜 名
に: 仁 尓 二 耳 児 丹
ぬ: 奴 努
ね: 祢 年 熟 子
の: 乃 能 濃 農 野
は: 波 破 者 盤 八 半
ひ: 比 非 悲 避 飛 日 妣 備 火
ふ: 不 布 婦
へ: 部 辺 弊 遍 倍
ほ: 保 本 宝 奉 報
ま: 末 萬 万 満 麻
み: 美 見 微 身
む: 武 無 牟 舞 无
め: 女 免 面 馬
も: 毛 茂 母 裳 蒙
や: 也 夜 邪
ゆ: 由 喩 遊
よ: 与 余
ら: 良 羅 等 落
り: 利 理 里 李 梨
る: 留 類 流 累
れ: 礼 連 麗
ろ: 呂 路 露 婁 楼
わ: 和 王 〇 倭
ゐ: 為 井
ゑ: 恵 慧 衛
を: 遠 越 乎 尾
ん: 无
いま(万)は(者)々やこひ(悲)しな(那)
ましをあひみ(三)むと
たのめしこと(登)ぞ(曽)
いのちな(那)り(利)けろ 伝藤原行成筆 <升色紙>平安時代
分かち書き
散らし書きからくる「斜めの美学」がみられ、加えて二つの塊を隔てる「間の美学」があります。これらの構成・構図に端を発する美意識が日本人、日本語のなかに脈々と流れているということです。
日本では、一枚の紙を配って、一つの和歌をふさわしい形に書いて下さいと言うと、たいていの人は、第二行の行頭を下げて書く。この現象が何を表すのか。
漢詩は当然ながら、すべて漢字で書かれます。通常は行頭を揃え、均整がとれた形で整然と書かれています。これに対して、日本の文字で書かれる和歌は、中国の正式な漢詩ではなく、こちら側の言う言葉だから拮抗してはならないという謙譲・謙遜の意識が芽生えます。この控える意識により、徐々に行頭を下げるという世界にも珍しい書法がしょうじのです。第一行(過去)に対する、第二行(現在)の謙譲の意識が生じた。中央にある漢詩とは異なり、和歌は地方的な詩であるとう、東アジア固有の謙譲の意識が形となって表れたのです。
しばしば中国や西欧の構成意識を左右対称、対称性と言い、日本の構成意識を非対称性の美学と呼びます。
斜めの図法に象徴される非対称性の意識は、時間が空間に、空間が時間に溶けた、言語成立以前の「幻夢」の意識です。左右非対称の構図はここに誕生します。記憶や夢においては、時間の前後関係が、不明であるように、それは、発語された言語の世界ではなく、夢や記憶に親しい世界です。こうして、”散らし書き”=日本人の非対称の美意識が誕生したのです。
上の句と下の句の位置関係を見てみれば、それはまるで此岸と彼岸のようでもあり、あちらとこちら、つまりは大陸と孤島-左上に中央政権である中国、右下にまだ独立間もない日本、という構図に見えてきます。これは、恐らく無意識ではあるけれども、日本と中国の関係性を象徴する意識が”わかち書き”の中に込められているからに違いありません。
尾形光琳が描いた”紅白梅図屏風”の世界は、まさに分かち書きそのものではないでしょうか。すなわち右に紅梅、左に白梅、そしてその中間に流れる水。斜めに反り返るような紅梅の幹や白梅の枝のフォルム、右の紅梅がやや下に、左の白梅は少し上に配置され、さらには大胆極まりない表現によってふたつの梅を引き離そうとする水の流れが生む空間、間。さらに、右下の紅梅は若く、左の白梅は老木だという説まであるところも、まさに分かち書きに秘められた日本人の思いがその表現の根底にあると言えます。
ちなみに、恩田侑布子という俳人に「白梅の老樹則ち男振り」という句があることを知りました。東アジアの周辺では中国を男、自分たち地方を女に喩えます。ひらがなを女手と呼ぶのもそのせいです。
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