荘子 岬龍一郎

 北冥(ほくめい)に魚あり。その名を鯤(こん)となす。鯤の大きさ、その幾千里なるを知らざるなり。化して鳥となる。その名を鵬という。
 (横綱大鵬の名はここから生まれた。)

 小知は大知に及ばず、小年は大年に及ばず。

 私はこれを別々の世界に住む者は互いに理解することはできないものと解釈している。大鵬には大鵬の世界があり、燕雀には燕雀の世界がある。どちらが優れてどちらが劣っているとはいえないと思っている。
 それにしても、なぜ荘子は冒頭でこんな大鵬の話をしたのか。この架空の大鵬の姿こそ、あるいはこの地上から離れた大空からの「視点」こそ、荘子の所以であり、荘子世界の象徴だからである。

 老子のいう「道」の概要

 なんとも表現しようがないが、
 形なき形、声なき声、無感覚、
 だから捉えがたい抽象的なもの、
 ぼんやりとしたもの、(中略)

 いくら人間の力で見ようとしても、
 どこが前だか後ろだか、
 捉えることすらできない。

 だが、地球が誕生する以前から、
 それは存在し、いまも存在している。
 そしてそれは万物の主催者でもあるのだ。
 だから、これを「道」の本質と呼ぶんだ。

 荘子

 昔者、荘周は、夢に胡蝶となる。栩栩然(くくぜん)として胡蝶なり。

 人間どものいう常識とやらで考えれば、当然、私と胡蝶は別物である。夢と現実は明らかに違う。だが、そういう分別をつけて夢と現実が違うというのも、また人間の愚かしさといえなくもない。
 「道」の世界から見渡すならば、よろずのものは生滅流転。生まれては滅び、滅んでは生まれるという千変万化を繰り返す。
 となれば一つひとつのものが真実であり実在ではないのか。現実の世界にあっては私は私であり胡蝶は胡蝶であるというが、「道」の世界から見れば私は胡蝶であり、胡蝶もまた私といえるのである。すなわち、現実もまた夢であり、夢もまた現実であり、なんら変わりはないのだ。

 包丁は文恵君の為に牛を解く(ひらく) (略)
 ああ、善き哉、吾包丁の言を聞きて、養生を得たり。

 かつて私も、石屋さんが大きな岩をじっと睨んでいたかと思うと、ハンマーを二三度打った瞬間、パカッと真っ二つに割れたところを見たことがある。その時の石屋さんも「筋目を探して、そこにくさびを打ち込めば簡単に割れるのです」とったのを思い出した。
 実は荘子もこの「筋を読む」という自然の原理を、この寓話で教えたかったのではないか。なぜなら、包丁の名人芸を見た文恵君が「養生を得たり」といっているからだ。
 養生とは与えられた生命を生かしきって天寿をまっとうすることをいう。

 「人間の生命には限りがあるが、その知欲限りがない。その限りない知欲や欲望を追い求めることは危険きわまりないことだが、人はそれを知らずに追い求める。だからよいことをしても名声を求めず、悪は避けて、なるべく無心の境地を守って自然に振る舞うことが、わが身を生きながらえさせる秘訣である」
 欲望や名声にこがわらず、虚心になって自然体で生きていく。これを「養生の道」と荘子はいうのである。

 無用の用-役に立たないものはない

 孔子に、仁義道徳などで天下の乱れを救おうなんて、思い上がるのもいい加減にせよ、さかしらな道徳など山の木と同じで身を滅ぼすだけだ。以下続く
 山木は自ら冦(あだ)するなり、膏火(こうか)は自ら煎(や)くなり。
 桂は食う可し(べし)、故に之を伐る(きる)。漆は用う可し、故に之を割く。(さく)
 人皆、有用の用を知るも、無用の用を知るなきなり。
 世の中というのは、どんなに理想的な社会をつくったとしても、万人が幸せになるというものでもない。悪人もいれば善人もいる。いや、同じ人間が時と場合によって悪にも善にもなることをわれわれは知っている。
 たとえば、この地面だ。大地は広々として広大だ。でも実際に人間が使うのは足を踏む余地さえあればいいのだから、ほかは必要ないということになる。しかし、だからといって、もしほかは無用だと、まわりの大地を全部掘り下げてしまったら、足元の地面は役に立つのかね。となれば、無用だというまわりの地面があるからこそ、足元の地面も役に立つんじゃないか
 つまり無用や有用は人間の勝手な思い込みでいっているだけであって、世の中には無用も有用もない。どちらも大事なものなのだと、荘子はいうのである。
 世阿弥の言葉にも「有は見(現)、無は器なり、有を現するものは無なり」とあり、見えないものが見えるものを引き立たせる効用を説いている。

 機会を有する者は、必ず機事有り。機事有る者は、必ず機心あり。機心、胸中に存すれば則ち純白備わらず。

 機会を持っている者は、必ず機会にたよる仕事が増えるようになる。機会にたよる仕事が増えれば、必ず機会にたよる心が生まれてくる。もし機会にたよる心が胸中にあれば、自然のままの素朴な美しさが失われてしまうだろう。
 また、素朴な美しさが失われると、霊妙な生命の働きも安定を失ってしまうし、霊妙な生命jの安定を失った者は、道からそれてしまうと。

 

 

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