お能 老木の花 白洲正子

お能

 お能というのものはつかみどころのない、透明な、まるいものである、と一口に言ってしまうこともできます。同時に何千何万のことばをつらねても、言い尽くせないものであるます。芸術はすべてそのようにとめどのないものですが、それは片手にのせるほどの小さな茶碗一個でも完全に表現することができます。お能もまたそのとめどのないものの円満な代表者でもあります。
 透明でまるいもの、-それには中心といえるものがありません。まんなかにひとつの点を見出すことができません。逆に言いますと、中心のないものはそのどの一部分をとっても中心と言えます。無数の点でできあがっているのですから、点は無限に発見することができます。そのようにお能は、全体をみても能であるとともに、そのごく小部分であるところの「能の型」ひとつをとっても能より他のものではありえません。
 そのようなものを言いあらわそうといたしますと、どこから始めてよいか、どこに終わってよいか、わからなくなります。美しい花のまわりを飛びまわる蝶々のように、心のまようままに、筆を運ぶよりほかありません。

 

お能・老木の花 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)

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