伝はるもの、その二「事の端」 (言の葉)

2017-07-23

三浦雅士さんの著書「考える身体」から、抜粋させて頂きます。

文明や文化を論じる場合、一般には言語の重要性だけが指摘されるが、じつは表情や仕草を離れた言語が存在しないのである。身体を離れた言語は存在しない。それらは一体なのだ。言葉の豊かさは、その言葉が喚起する身体所作の記憶にかかっていると言っていいほどである。つまり、身体的な基盤がなければ、言語など無意味なのである。

これは、なかなか手厳しい話なのですが、つまり今僕たちが使っている言葉は、
本当に身体的な基盤の裏付けのある言語なのだろうか?
そう考えると、私たちが普段使っている言葉は、
もはや言葉ではなく、ただの記号と化した別のものなのかもしれない。
言語は、文学から遠く離れ、何かを伝えるためのただの道具として、
変容を遂げてきたのかもしれない。
会社などで、英語を公用語にしようとする動きは、
もはや言葉文化からの完全なる撤退を意味しているのかもしれない。

本来言葉とは、
ある行為(事)をしたときに派生(端)する感覚を言葉にした。「事の端」(言の葉)
言語はそうあるべきで、このような言葉を発したとき、
伝はるという現象が自然におきるのだと思うわけです。
なぜ、それが伝はるのかといえば、身体所作の記憶があるというわけです。
この記憶は、なにも個人の人生の中の個別の記憶のことではなく、
脈々と受け継がれてきた、誰もが共有できる歴史的な記憶のことだと思う。
そもそも文化とは、なんの努力もなく受けることができる恩恵であるわけで、
こうした恩恵は、あらかじめ用意された身体所作の記憶の事なども、
含まれているのかもしれません。

こう言ってしまうと、唯物論的科学を主に信用している現代の人には、
やはり敷居が高いところでもあります。例えばそれは遺伝子情報のことですか?
と言ってお茶をにごすところでしょうか。
つまり、いったい誰がどこに記憶しているの?という話になるわけですから。
(参考文献:場所の記憶 参考になるかあやしいですが?笑)

懐かしいとは、こころにいただくと書いてあります。
懐かしいに対応する外国語は、無いのではないでしょうか?
私たちが懐かしいと思うとき、それは自分の経験上の記憶だけで
そう思っているのか?そうでないこともあるのか?

こういった議論は、結局のところ風俗的な結果に終始するので、
ここでは、しません。
ただシンプルに、伝はるということを考えた場合、
実務的に考えるならば、やはり経験や行動の裏付けが
あったほうが、良いにきまっているように思えます。
しかし、どんな経験や行動でも伝はるのかというと、
それは、普通に考えれば、実に怪しい。
やはり、誰もが共有することが可能な経験感覚のが伝はりやすいはずです。
この伝はることの出来るものを身体言語というのでは、ないでしょうか?
それらは、とても基本的なことから始まります。
歩く、立つ、坐る、握る、伸ばす、曲げる、押す、引く。。。。
そういった本当に基本的な行動の先にあるのが、事の端(言の葉)
なのかもしれません。

つまり、言語は伝はることのツールとしてあると思われていますが、
実際は、身体所作の記憶が伝はっているのであって、
言葉による情報は、伝はる能力が低いと考えられる可能性があります。
フランス語の先生が言ってましたが、どんなに正確にフランス語を話しても
言語を通して伝はるのは、その3割しかありませんと断言していました。
ほかの何かが、伝はることの7割の力を持っていると、いうのです。

われわれは、行動を起こすことで、すでに伝達を開始しているわけです。
その伝達が、充分ならもはや言葉に頼る必要もない。
逆に言えば、私たちは、身体言語となるような標準動作ができていなければ
その言語は、もはや伝える能力を失ったものになっているとも言えるわけです。

日本に標準語が出来たのは、明治以降です。
しかし、それよりももっとずっと千年以上の昔から、
日本には標準動作なるものがあって、
しかもそれは、能や歌舞伎、舞踊、武術、茶道や華道、農作業にいたるまで
全てにおいて、通じる標準動作として日本全国で共有されいたのです。

標準言語よりもさきに、標準動作がすでにあって、
それを利用してコミュニケーションがとられていたわけです。
ちょっと、すごいことだと思いませんか?

ある技の到達には、それ相応の観念が出来なければならない。
つまり、技の共有は、思想の共有でもあったわけです。

そんなことを思うと、日本の所作文化の重要性をあらためて深く感じるわけです。

ひるがえって、自分を思えば、至らないことだらけなのです。
初心に帰れとは、こうした当たり前の動作もちゃんとしなさいということなんすね。

 

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